日本の教育の不健康なところ

コラム
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私が休職をしてから早1か月が経とうとしています。

休職してからやっていることは,ゲームと読書と運動,そして家事です。朝起きてゆっくり朝食を食べ,コーヒーを飲む。そんなことに幸せを感じています。

以前から続けていることで,最近ウエイトが大きくなったのがTwitterです。

→のサイドバーにもアカウントを載せていますが,専用のアカウントを作って,教員の方や起業の方など,興味のある分野の方をたくさんフォローして情報を得ています。

そんなタイムラインに最近一番流れてくるのは

「部活動はありえない」

「部活動は廃止すべきだ」

といった声です。

私自身,学校業務と部活動業務,学校外の業務の過多からくるうつ病を患っていますので,その意見には賛成したいところです。

がしかし,私が一番気になる点は,「なぜ部活動廃止すべきなのか」「廃止してどうしたいのか」について意見が少ないことです。

日本における部活動の異常性やその苦労などの実態などについてはたくさん皆さん意見があるようです。しかし廃止したい理由については,「とにかく解放されたい」という一心のように伺えます。

本来教員の仕事というのは「生徒を導くこと」

それを具体化すると「生活指導」「教科指導」「キャリア教育」なのだと思います。

私はこの中で「教科指導」について言及されている意見が少ないということに注目します。


私は面白くて生徒の力を伸ばす授業がしたい,という思いで高校教員になりました。

高校教員であれば自分の高い専門性を生かせますし,生徒の関心を引き,面白くかつ力のつく授業ができると考えていました。高校教員は小学校・中学校と比べ教員の空きコマも多く,授業準備・教材研究に時間をさけると考えていたからです。事実,就職して1~2年目はその志に向かって邁進し,理想に近づけていたように感じます。

しかし勤続が長くなり,いろいろな業務や役員などを受けるようになり,自分の専門科目について考えられる時間というのは,勤務時間の3分の1にも満たない時間になりました。

たくさんの業務に追われ,授業準備は他のすべての業務を終えてからはじめて,時にはその疲れから授業準備を軽んじてしまう始末。

本末転倒 とはまさにこのことです。

なので私が部活動などの業務を荷下ろしたい理由を挙げるなら「よりよい授業をするため」です。

教員としての本業に一番を力を注ぐためです。

しかし,残念ながら同じ考えを持っている意見はあまりtwitter上では見かけませんでした。

いや,きっと同じ思いの方もいるのでしょうが,限られた144字の中では表現できていないのかもしれません。それだけそのことの優先順位が下がっている,という気もします。その余裕すらない,といった方が適切かもしれません。

完全に業務過多なのが現場の現状。特に中学校の先生は,一番大変だと感じます。

優秀な人材が,その力を発揮できずつぶされていると感じます。

きっと仕事の荷下ろしをしてあげて,授業や生活指導,キャリア教育に集中させてあげれば,すごい成果を上げられるかもしれない。しかしそれは今の仕事が許さない。

部活動をやめたい。仕事を減らしたい。

こうみんなが言います。では,どうして?

つらいから。とにかく楽になりたいから。

その先がないんです。仕事を減らしてどうしたいか,前向きなことを考える余裕がないんです。

これはすごく不健康なことです。教育改革せよ,と声高に叫んでいる文部科学省や政府は,まずそこからはじめなくてはならないと私は思います。

すでに現場には資源がたくさんあります。優秀な人材もいます。それを使えていないのが一番の問題だと思います。

いまの教員の志願者倍率が右肩下がりの状態が続けば,資源そのものが枯渇します。優秀な人材がいなくなったら,本当の終わりです。

一方で,「使われている先生」自身も,自分の可能性や,伸びしろに気付いていないのも問題です。

楽になりたい。そうですよね,いまとても忙しくてつらいですよね。

しかし,もし部活動をやめて時間ができたならば「より教員としてのスキルアップに使いたい」という思いが出てこないほどまでに疲弊している教育現場の現状こそが,この日本において一番不健康です。

そうしていいように使われる先生。疲れた先生。やる気を失った先生たちを見て,子供たちは未来に希望を持てるのでしょうか? 先生は子供たちにとって親の次に身近な大人です。

だから先生は子供たちの希望でなくてはならないと思っています。

そのためには先生たちに余裕が必要です。

自分の能力の自覚とそれを伸ばす機会,なにより自己肯定感が必要です。

たくさんいい才能を持っているのに,それに気づくことなくこき使われるなんて,なんて資源の無駄遣いなのでしょうか。本当に嘆かわしいです。


私は,理科が大好きな大人たちから理科を教わり,そこに憧れ,理科にのめりこみました。先生方は私の目標であり,目指すべき大人像だったのです。

だから私は理科の面白さを伝えるため,だれよりも理科を愛する教員になりたいと思っています。

それは指導している生徒にも言っています。

「この中のだれよりも理科が好きだから」と。

そうして私の後に続いて専門科目を専攻してくれる子供たちが出てきました。大学で楽しそうに学んでいる声を聴くのがすごく幸せなのです。

ぜひ,先生たちが輝ける世界が来れば,と思います。

筆が長くなってしまいました。今回はここで終えようと思います。

ここまで読んでくださり,ありがとうございました。

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